置き去りにされそうだった。
今日は母は朝起きたらもういなかった。父上は頼んでも絵を少ししか描いてくれなく、チロチロを弾きはじめたので、バスに乗りたいと泣いて頼んだ。
そうしたら、丸い餃子を食べさせてくれると、自転車で玉川高島屋の餃子屋に連れて行ってもらえた。開店前から並ばないとすぐには食べれないのだ。小さいのでふた皿ぐらいはふみちっちでもペロペロちっちだ。でもちょっと脂っこいかなあ。
母がいないので、トイレでは壁に貼り付けられた。おむつのない人は不便だなあ。それと、このまま置き去りにされるのではないかとびっくりした。
渓谷を下流から遡ったのだが、自転車で散策している人などいない。最後の出口が階段だった。父上はふみちっちを置いて自転車だけ持って登って行ってしまった。泣き叫んだら周りの人が、一番大切なものを忘れているぞと、父上に叫んで教えてくれた。親切な人がいなかったら、置き去りにされるところであった。
等々力駅の近くの踏切で、父上にせがんで何度も電車が通るところを見た。父上がどうしようもなく飽きて帰路についてすぐ、ふみちっちも寝た。目が覚めた時はベッドに置かれるときだった。
午後もおうちの遊びは飽きて電車乗りたいと泣いて騒いだ。
そうしたら、肩車で散歩に連れて行ってもらえた。切れた蛍光灯を買って、パンを買い、電車に乗って登戸のビールを醸造している店に来た。何度も二人で乾杯しているうちに、父上は酔ってふみちっちを置き去りにしないか、少し不安になった。だけど、ちゃんと肩車で連れて帰ってもらえた。
帰りは工事を見て、またまた踏切で電車を見てから電車に乗った。電車に乗ればぐっすりだ。寝たまま肩車されておうちに帰ったようだ。